2007年06月20日
80年代の思い出!
80年代のテニスを振り返るお話の3回目


ある意味古い話ですよね。だって二昔半前のお話ですからね

昭和33年現在の天皇皇后両陛下が軽井沢でテニスをされたことが結婚へのキーワードのように騒がれた頃は誰でもが簡単にテニスを出来る環境はなく、紳士淑女のの高貴なスポーツの部類に位置づけされていたと思います


また、テニスは「軟弱な」「女性のスポーツ」と言うイメージも強かったかもしれませんね



戦後間もない時代に仕方のない話ではあると思います

それから20数年一気に起きたテニスブーム。その10年前にはボーリングが大ブームを起こしていましたのでスポーツ界では「柳の下の・・・」みたいな感じでしたね


メディアの影響はTVが一番で、四大大会の内、「全英オープン」憧れのウィンブルドンの試合が深夜までライブで放送されたことはテニス用具のブランド化への大きな要因だったことは間違いないでしょう



ご存知ですか?「ボルグvsマッケンロー」深夜3時くらいでしょうか試合が終わったのは・・・土曜日の深夜(日曜日早朝)だったと思います
数時間後の日曜日の午前、テニス愛好家はそれぞれのコートへ出向いて、つい先程終わった試合の結果の話で盛り上がっていました


面白いのはオンコートでの風景。4時間近くTVに釘付けだった男性プレーヤーは二極化しボルグのトップスピンを真似している人とマッケンローのタッチテニスを真似している人とに分かれていましたね

更にそれから一週間。今度はウェア・ラケットを含め全身真似した人も現れましたね

因みに・・・ボルグはドネーのラケットにフィラのウェア。ヘアバンドとリストバンドもです。シューズはディアドラ。
まともに全部そろえるとラケット2本で軽く10万円は超えるものでしたね

方やマッケンローはウィルソンのラケットにタッキー二のウェア。シューズは出たばかりのナイキ
そう言えば二人ともその後ラケット変わっていますね。ボルグはバンクラフトに。マッケンローはダンロップに。ボルグのバンクラフトはみなくなりましたがマッケンローの「MAX2000」は大ヒット商品になり未だにあのラケットの感触を求めて止まないファンも多いようです


そのほかにエバーとの「エレッセ」もありましたね。因みにテニ吉君はラケットはウィルソン・ウェアはエレッセ・・なんてこともありましたね・・・

外国のブランド物とは別に国内では大手スポーツメーカーではなく、テニス専門のオリジナルブランドが出始めましたね。青山の「パンダハウス」渋谷の「ノブ」目白の「ジャヌー」・・・東京の大学でテニスをしていた先輩達がそれらのウェアや小物を持って帰ってこられるととても憧れたものです。


そう言えば・・テニ吉君は「パンダハウス」が大好きで青山まで買いに行きましたよ。九州で着るにはとてもとても派手なものでしたが・・・もしかするとこの界隈で一番初めに「パンダハウス」着たのはテニ吉君かも???

意外とミーハーなテニ吉君だったのかもしれませんね

ことテニスに関してだけですがね

もしかしたら明日まで80年代続くかも???です




ある意味古い話ですよね。だって二昔半前のお話ですからね


昭和33年現在の天皇皇后両陛下が軽井沢でテニスをされたことが結婚へのキーワードのように騒がれた頃は誰でもが簡単にテニスを出来る環境はなく、紳士淑女のの高貴なスポーツの部類に位置づけされていたと思います



また、テニスは「軟弱な」「女性のスポーツ」と言うイメージも強かったかもしれませんね




戦後間もない時代に仕方のない話ではあると思います


それから20数年一気に起きたテニスブーム。その10年前にはボーリングが大ブームを起こしていましたのでスポーツ界では「柳の下の・・・」みたいな感じでしたね



メディアの影響はTVが一番で、四大大会の内、「全英オープン」憧れのウィンブルドンの試合が深夜までライブで放送されたことはテニス用具のブランド化への大きな要因だったことは間違いないでしょう




ご存知ですか?「ボルグvsマッケンロー」深夜3時くらいでしょうか試合が終わったのは・・・土曜日の深夜(日曜日早朝)だったと思います

数時間後の日曜日の午前、テニス愛好家はそれぞれのコートへ出向いて、つい先程終わった試合の結果の話で盛り上がっていました



面白いのはオンコートでの風景。4時間近くTVに釘付けだった男性プレーヤーは二極化しボルグのトップスピンを真似している人とマッケンローのタッチテニスを真似している人とに分かれていましたね


更にそれから一週間。今度はウェア・ラケットを含め全身真似した人も現れましたね


因みに・・・ボルグはドネーのラケットにフィラのウェア。ヘアバンドとリストバンドもです。シューズはディアドラ。
まともに全部そろえるとラケット2本で軽く10万円は超えるものでしたね


方やマッケンローはウィルソンのラケットにタッキー二のウェア。シューズは出たばかりのナイキ

そう言えば二人ともその後ラケット変わっていますね。ボルグはバンクラフトに。マッケンローはダンロップに。ボルグのバンクラフトはみなくなりましたがマッケンローの「MAX2000」は大ヒット商品になり未だにあのラケットの感触を求めて止まないファンも多いようです



そのほかにエバーとの「エレッセ」もありましたね。因みにテニ吉君はラケットはウィルソン・ウェアはエレッセ・・なんてこともありましたね・・・


外国のブランド物とは別に国内では大手スポーツメーカーではなく、テニス専門のオリジナルブランドが出始めましたね。青山の「パンダハウス」渋谷の「ノブ」目白の「ジャヌー」・・・東京の大学でテニスをしていた先輩達がそれらのウェアや小物を持って帰ってこられるととても憧れたものです。



そう言えば・・テニ吉君は「パンダハウス」が大好きで青山まで買いに行きましたよ。九州で着るにはとてもとても派手なものでしたが・・・もしかするとこの界隈で一番初めに「パンダハウス」着たのはテニ吉君かも???


意外とミーハーなテニ吉君だったのかもしれませんね


ことテニスに関してだけですがね


もしかしたら明日まで80年代続くかも???です


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